【事例解説】人名の商標登録

 大谷翔平選手の名前と一致する「大谷翔平」が中国で商標出願されたというニュースが話題になりました。https://news.yahoo.co.jp/articles/7e1e3e965557c05c7d6d8d324e87935d18fdf8fe
 記事によればまだ出願段階で、商標登録まではされていないようですが、このような人名を含んだ商標登録は許されるのでしょうか。

氏名の商標登録

 日本の現行商標法では、「他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)」は「商標登録を受けることができない」と定められています(商標法第4条第1項第8号)。すなわち、本人の承諾がなければ、他人の氏名を商標登録することはできません。仮に自分の氏名であっても同姓同名の「他人」がいる限り、その承諾が必要です。
 したがって日本では、大谷翔平選手や同姓同名の人全員の承諾がない限り「大谷翔平」という商標を登録することはできません。

 中国の商標法には氏名の商標登録を一律に拒絶する規定がないようです。しかし法解釈により、著名な氏名については拒絶対象とされると考えられています。日本の現行の法律と異なり、同姓同名の他人が存在しているだけでは拒絶理由にならず、その氏名が著名であることが要求されています。したがって、「大谷翔平」が中国でも著名であれば、商標登録が許されないと判断されると思われます。

氏名を含む商標の登録要件の緩和

 ところで、自分の氏名であれば「他人の氏名」ではないから商標登録できる…と思われがちですが、上記の通り、日本の現行法では同姓同名の他人がいる場合はやはり商標登録を受けることができません。

 ただしこれを厳格に適用しすぎると困ることもあります。ファッション業界を中心に、創業者やデザイナーの氏名をブランド名として採用する傾向がありますが、氏名は一切登録NGとなると、新興のブランドのみならず、広く一般に知られたブランドまで、同名の他人が存在すれば一律に出願を拒絶せざるを得ません。このような状況は、 氏名からなるブランドの商標としての保護に欠けるといった指摘がありました(「他人の氏名を含む商標の登録要件緩和」特許庁)。(拒絶された例として「ヨウジヤマモト 」 商願 2019-23948 2020 年拒絶査定、「ジュンアシダ」(商願 2020-160280 2021 年拒絶査定)など。)

 そこで、①氏名に一定の知名度を有する他人が存在せず、②ー1.商標に含まれる他人の氏名と商標登録出願人との間に相当の関連性があること、2.商標登録出願人が不正の目的で商標登録を受けようとするものではないことを要件として、他人の承諾がなくても商標登録が可能である旨、商標法が改正されました(施行日令和6年4月1日)。
 要件①は、「商標の使用をする商品又は役務の分野において需要者の間に広く認識されている」他人の氏名がある場合にその人の承諾が必要とされています。「需要者の間に広く認識されている」との要件は、不正競争防止法第2条1項1号にも見られる文言ですが、いわゆる「周知性」と呼ばれるもので、一定の地理的・事業的範囲内で知られているかどうかが考慮されます。したがって、全国的に知られている(いわゆる「著名性」)までは要求されず、ある地域や取引事業者などの間でよく知られている氏名であればこれに当たります。特許庁の資料でも「全国的に知られている者やすべての需要者層に知られている者でなくとも保護から除外する理由はなく、同号における周知性の判断に際しては、人格的利益の保護という観点から、その他人の氏名が認識されている範囲を充分に考慮した上で、その商品又は役務に氏名が使用された場合に、相当程度の需要者が当該他人を想起し得るかどうか等に留意すべき」と記載されています。
 要件②は政令で定められるため「政令要件」と呼ばれますが、具体的には例えば、②-1は、商標に含まれる氏名が商標登録出願人本人の氏名である場合、②-2は、商標を先取りして買い取らせようとするなどの目的でない場合が挙げられます。

 今回の法改正により氏名を含む商標もより柔軟に利用されていくものと思われます。

弁護士 水野 秀一

  • URLをコピーしました!